Housing Oriented Orthodontics
―歯肉退縮と矯正治療の関係性―
成人矯正治療においてしばしば直面する臨床的課題の一つに、歯肉退縮の発生がある。歯肉退縮は審美性の低下のみならず、知覚過敏や根面う蝕のリスク増大といった機能的問題を引き起こし、患者満足度に大きく影響する重要な因子である。近年、CBCTを用いた三次元的診断技術の普及により、歯根の歯槽骨内での位置、すなわち「ハウジング」を意識した治療計画が立案されるようになってきた。しかしながら、骨の境界を逸脱した歯の移動や、薄い歯肉・歯槽骨を有する患者に対する不適切な矯正力の付与は依然として歯肉退縮の発生につながり、臨床現場での対応が大きな課題となっている。
歯肉退縮の本質を理解するためには、まず歯周組織の解剖学的特徴と生物学的反応を熟知することが不可欠である。歯根がハウジングを逸脱した際に生じる骨吸収や歯肉の変化、その病因的メカニズムを明らかにすることにより、矯正医は治療計画段階からリスクを予測し、歯周組織を保護する戦略を立てることが可能となる。 本講演では、歯周組織の基礎的知識から歯肉退縮の定義と分類、その多因子的な病因について整理する。さらに、矯正治療における歯肉退縮のリスク評価法、治療計画立案時に考慮すべきポイント、そして近年報告されている数多くの文献や実際の臨床症例を通じて、歯肉退縮を回避または最小化するためのアプローチを提示する。矯正治療の安全性と予知性を高め、長期安定性を確保するために「ハウジングを意識した矯正治療」の重要性を再考する契機としたい。