日本成人矯正歯科学会

第30回秋季学会セミナー 抄録

日本大学松戸歯学部歯科矯正学講座 特任教授 葛西 一貴
タイトル:不正咬合発症における遺伝と環境の要因 ~遺伝要因、呼吸、発音、咀嚼を考える~

現代人の歯並びや咬合は実に様々で、不正咬合の状態から発症の原因としていくつかの要因があげられている。今回の講演では歯列形態の遺伝、そして環境要因としての口腔機能の中から呼吸・発音・咀嚼について咬合への影響について述べたい。

1. 歯列形態における遺伝
 歯列形態や顎骨形態などの形態形成にどの程度遺伝の要因が関与するか、遺伝の強さを数値で表すものとして遺伝力(heritability)がある。顔面の遺伝が強い部位として、顔の長さ(丸顔や面長など)、鼻の形、唇(大きさや厚み)、また環境要因が強い部位としては、歯列形態、下顎の形となる。上顎第一大臼歯歯列幅の遺伝力は0.82、第二大臼歯は0.92であり遺伝要因が強い。一方、前歯の噛み合せを示すoverbiteの遺伝力は0.34、overjetは0.35と小さく、環境の影響を受ける。遺伝力が小さい部位ほど不正咬合が発症しやすい傾向にある。

2. 呼 吸
 小学校生の母親へのアンケートから、日頃口呼吸をしている子供が約30%であった。口呼吸者は上顎歯列が狭く、咀嚼運動、咬合力ならびに口唇閉鎖力も弱い傾向を示した。また、咽頭扁桃は幼児期より生理的に肥大し、成長と共に徐々に縮小するが、肥大が強い場合は慢性的な口呼吸を誘発する。矯正患者はセファロにより診断が可能であるが、学校健診では放射線被曝を伴うという欠点がある。一方、音声は収録が簡便かつ非侵襲的であり、低年齢児においても協力性が得られやすい。そこで、咽頭扁桃の肥大を識別する方法として音声分析(ケプストラム分析)を応用したところ、スクリーニング法として有用であるとの結論を得た。

3. 発 音
 矯正歯科を受診する患者の中には舌突出癖、 弄舌癖などの口腔習癖を伴う者がみられる。これらの口腔習癖は発音時のリスピング(下足らず)に関係があるとの報告もある。舌突出患者に特徴的な子音に着目し、新たな解析方法として零交差数およびメル周波数ケプストラム係数(MFCC)により発音時舌突出の識別を行ったところ、MFCC 8によって識別が可能となった。今後、発音の客観的評価につながると期待できる。

4. 咀 嚼
 咀嚼機能が減退することによって叢生が生じ、咀嚼機能を改善することにより歯列幅が拡大し、叢生の発生を予防できるという可能性が明らかになっている。永久歯列が完成する時期に正しい咀嚼運動を学習することが、生涯にわたり自分の歯で噛むことにつながると認識することが必要である。 口腔機能が歯並びに及ぼす影響は大きい。早期の口腔機能の異常の発見とその改善は健全な永久歯咬合育成に不可欠である。このことは矯正治療終了者における再発にも当てはまるため、口腔機能の診断能力は矯正医に不可欠である。



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